星が告げる、王の到来。

明日から始まる夏期休暇に騒々しく帰宅準備をしているルームメイト等を尻目に、一人静かに思索に耽っているシリウスに、友人筆頭、魂の双子とまで言わしめられる少年が気付いた。

「どうした相棒。そんなに嫌なのかい?」

窓縁に腰掛け、黒に沈むホグワーツを眼下に眺めている姿は、此処から離れるのを厭っているように見える。

そして、シリウスがそんな風な様子を見せる理由は、誰もが即座に頭に浮かぶ。

彼がスリザリンではなく、グリフィンドールに入ってからの魔法界の名家、純血主義における混乱は俗世間から隔離されたホグワーツにまで波及した。

否、むしろ渦中にこそホグワーツはあったのか。

シリウスの母親、ブラック家の人間が乗り込んできすらしたのだ。

組み分けのやり直しを要求したブラック夫人の訴えは、当然ダンブルドアによって退けられたのだが、未だ諦める様子は無く休暇明け前にはあの手この手で脅しをかけてきているらしい。まったく、ご苦労なことで。

当の本人にその気はないというのに、周りが躍起になっている。

まあ、それだけシリウスは手放すには惜しい資質を持っていると言うことなのだろう。実際に、彼の優秀さは追随を許さず、屈託無く朗らかでありながら高慢さを潜ませる態度は、その高貴な美貌も相まって人心を捕らえ、無意識のうちに膝を屈させる。

(なんせ、僕の相棒だからね)

内心嘯いて、衆目がないというの自慢ににやりと不適に唇を吊り上げるジェームズを振り返ったシリウスは、その怪しげな笑顔を眼にして胡乱気な顔をする。また自分関連でなにか自尊心を満足させているのだろうと予測をつけて(流石は我が心友!)、シリウスは敢えて其れは触れない方向で行き、先程の質問に首を振った。

「いいや。特に問題は無いさ」

言葉に偽りはないと、そのまま静かな眼差しで見詰めてきたシリウスに視線を合わせ、ジェームズは確かにとそれを認める。

そこに憂鬱の影はなく、ただ透徹とした深遠が拡がっている。

透明が過ぎる銀灰色の双眸は、闇でもなく光でもない。

二つが渾然一体となったこの薄明は、どこまでも透き通って果てがなかった。

何もかもが透けて見える程に極限まで薄く作られたガラス片のように、不純物を一切含まぬ底が抜けた水面。

その深淵に、息をするのも忘れ意識が吸い込まれるように朦朧となったジェームズに、シリウスが淡々と問い掛けた来た。

「バジリスクって知ってるか?」

それに冷たく心地よい水中に没したようになった意識を引き戻され、ぱちくりと瞬きしたジェームズは己の失態に舌打ちたいのを堪え、軽く眉間をもんでさり気なく視線を逸らす。未だに彼すら気を抜いて覗き込めば意識を奪われる、シリウスのそら恐ろしいまでに美しいグレイ・アイズ。

白も黒も、過ぎれば恐怖を呼び起こす。

しかし、その2色が溶け合った灰色はむしろ仄かで、生ぬるくずぶずぶと沈みこむような心地良さを持つ。何処か不吉な印象を与える曇り空の色彩なのに、濁りない聖別された透明を誇る灰色。

だから安易に囚われる。

余韻を振り払うように敢えて居丈高に、ジェームズは応え待っているシリウスに向かって口を開く。

「知ってるさ。バジリスク、ギリシャ語で「小さな王」という意味で、ラテン語では「レグルス」。すべての蛇が頭を垂れて道を譲ったことから「蛇の王」とされ、それから「小動物の王」、つまり「小さな王」という名が付けられた。かのサラザール・スリザリンの忠実なる使い魔。まぁ、言って見ればスリザリンの象徴だろ?蛇=スリザリン=純血主義。そのまんま、あいつらの寮の紋章だし」

くいっと眼鏡を押し上げどうだとばかりにうんちくを披露してくださったジェームズに、その様子をうかがっていた残り二名、主に一方から感心の声が上がる。

「へ〜。凄いね。僕、初めて知ったよ」

「蛇の怪物だって事と、サラザール・スリザリンの使い魔って事は知ってたけど、名前の意味の由来とかまでは知らなかったなぁ。そのまま、蛇の王かと思ってたよ」

「おいおい二人とも。特にピーター、有名だぞ。これくらい覚えとけよ」

「そんな事いったって…だって僕は庶民だし、そんな知識は…」

もごもごと口籠もる少し背の低い少年を振り返ってやれやれと首を振ってジェームズは、くるりともう一度シリウスに向き直った。

「で、それがどうしたって?」

こんなのお前にとっちゃ今更当然すぎる知識だろ、と暗に言っている片割れに微かに首を傾げて、シリウスはうっすらと笑んだ。

「知ってるか?エジプトでは、シリウスはバジリスクの卵を抱いて孵す星とされてるんだ」

あまりにも多くを含んだ科白である。

途端に、ジェームズは双眸を眇め気色ばんだ。

「ふ、ん?それは知らなかったよ。でも、それが何の意味があるんだ?」

ものによっちゃあ殴るぞといわんばかりの険悪さをかもし出す親友に笑って、シリウスは窓の向こうにひろがる夜空を見た。

「夏期休暇だ。休み明けには新入生が入ってくるな」

「シリウス?」

脈絡のなさすぎる話題転換に、ジェームズは戸惑う。

さっきまでの会話と、なんの繋がりもない。

(なんでもないと言ってるけど、やっぱり家に帰るのがそんなに嫌なのか?)

アイ・コンタクトをかわして、それぞれが同じ事を考えている事を確認した3人が、情緒不安定かと心配を浮かべているのに、シリウスは振り返った。

 

「弟が、入ってくるんだ」

 

そう静かに告げて、星の名を冠する少年は無表情でないのに他者に思惑を読み取らせぬ、不可思議に優しい表情を浮かべて見せた。

 

(寸断されるわけじゃない。けれど、生じる距離をもの哀しく想う)